大阪高等裁判所 平成2年(ウ)822号 判決 1991年1月16日
申請人
殿水慶太
右訴訟代理人弁護士
良原栄三
同
阪本康文
同
池内清一郎
被申請人
龍神タクシー株式会社
右代表者代表取締役
小川隆次
右訴訟代理人弁護士
村上有司
同
中松村夫
主文
一 申請人(抗告人)と被申請人(相手方)との間の当庁平成二年(ラ)第二〇一号仮処分申請却下決定に対する抗告事件(原審・和歌山地方裁判所田辺支部平成二年(ヨ)第五号地位保全等仮処分申請事件)について、当裁判所が平成二年一〇月八日にした仮処分決定は、これを認可する。
二 訴訟費用は被申請人の負担とする。
事実及び理由
第一申立
一 申請人
主文第一項と同旨
二 被申請人
1 主文第一項掲記の仮処分決定は、これを取り消す。
2 申請人の本件仮処分申請は、これを却下する。
3 訴訟費用は申請人の負担とする。
第二事案の概要ならびに争点
一 事案の概要
1 被申請人は、一般乗用旅客自動車運送事業を主たる業務とする株式会社である。
2 申請人は、平成元年一月二二日、被申請人に臨時雇運転手として雇用され、タクシー運転手として稼働してきた。
3 被申請人と申請人とが右雇用に際して取り交わした契約書には、契約期間を平成元年一月二二日から平成二年一月二〇日までとする旨の記載がある。
4 被申請人は、右契約書記載の契約期間が満了する平成二年一月二〇日、申請人に対し、解雇予告手当を支払うことにより、同日をもって解雇する旨の意思表示(以下、「本件更新拒絶」という)をした。
(右1ないし4の事実は、当事者間に争いがない。)
5 そこで、申請人は、被申請人の従業員たる地位の保全と賃金仮払いの仮処分を求めたものである。
二 争点
本件の争点は、本件更新拒絶の効力の有無、にある。
この判断は、まず、本件雇用契約が、被申請人における臨時雇運転手制度の実態等に照らして、どのような実質の雇用契約であると把握されるか、にかかる。後述のように、本件雇用契約が期間の定めのあるものであっても、その実質が期間の定めのない雇用契約に類似し、申請人において、被申請人が契約期間満了後も雇用を継続すると期待することに合理性を認めることができるような性質のものであれば、被申請人において期間満了を理由としてその更新を拒絶することは、特段の事情が存在しないかぎり、信義則に照らし許されない、と解されるからである。
そして、本件雇用契約が、右のように更新拒絶について制約を受ける性質のものであれば、さらに、本件において、更新を拒絶することが相当と認められるような特段の事情が存在するかどうかが検討され、結論に到達することとなる。
第三判断――争点を中心として
一 本件雇用契約の性質
1 本件疎明資料ならびに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を一応認めることができる。
(1) 被申請人のタクシー運転手の員数は、計六九名であり、そのうち三六名がいわゆる本雇であり、申請人を含む一三名がいわゆる臨時雇である。
(2) 被申請人においては、昭和三三年までは本雇の運転手のみであったが、乗客の需要に即応できる雇用体制を整えることを目的とし、また、併せて賃金コストを低く押さえることを狙いとして、本雇の運転手で結成している龍神タクシー労働組合(私鉄総連加盟)と協定のうえ、昭和五四年から、雇用期間は一年、賃金は毎月の売上額の四〇パーセントとする臨時雇運転手を採用することとした。以降、被申請人における臨時雇運転手の数は逐次増加し、昭和五九年には一三名の限度枠が協定され、平成二年一月当時、前記のとおり、一三名と限度枠一杯の員数の臨時雇運転手が雇用され、稼働していた。
(3) 勤務条件についてみると、本雇運転手のそれは、労働時間が二三〇時間であり、勤務ダイヤ、出勤時間、退社時間等も固定化されているのに対し、臨時雇運転手のそれは、いわゆる自由勤務とされ、勤務時間等について被申請人から強い拘束を受けることはない建前である(ただし、現実には、被申請人において、臨時雇運転手の勤務時間や稼働地域が偏らないように指導している。)。
賃金体系についてみると、本雇運転手のそれは、固定給(月額一六万六三〇〇円)、歩合給、超勤手当、勤続給及び家族手当からなるのに対し、臨時雇運転手のそれは、前記のとおり、毎月の売上額の四〇パーセントとオール歩合制であって、年末一時金の支給額が本雇運転手と比べて相当程度低いことや臨時雇運転手には有給休暇制度が認められていないことも併せ考慮すれば、臨時雇運転手の賃金体系は、本雇運転手のそれに比べ明らかに不利なものとなっている。
(4) 臨時雇運転手の雇用期間については、取り交わされる契約書上は一年の期間が定められているものの、昭和五四年の臨時雇運転手制度の導入以降、自己都合による退職者を除いては、例外なく雇用契約が更新(再契約)されてきており、被申請人において契約の更新を拒絶した事例はない。
また、雇用契約の更新の際には、改めて契約書が取り交わされているが、被申請人において、必ずしも契約期間満了の都度直ちに新契約締結の手続をとっていたわけでもなく、契約書上の更新(再契約)の日付が数か月も後日にずれ込んだ事例も存在する。
(5) 被申請人は、右臨時雇運転手制度の導入後においては、本雇運転手に欠員が生じたときは、臨時雇運転手で希望する者の中から適宜の者(五〇歳未満の者で、勤務成績が良好な者等)を本雇運転手に登用してこれを補充してきており、昭和五四年の右制度の導入後において、直接、本雇運転手として被申請人に雇用された運転手はいない。
(6) 申請人は、トラックの運転手として稼働していた者であるが、被申請人が田辺市ではしっかりした会社で安定した職場となると考え、被申請人に知人が勤務していたこともあり、被申請人のタクシー運転手の募集に応募した。申請人は、本件雇用契約の折、被申請人の担当者から契約書のとおり一年限りで辞めてもらう旨の話は聞かされておらず、却って、申請人と同様に期間一年の契約で稼働している被申請人の運転手らは自動的に契約を更新されていると聞知していて、申請人の場合も、当然契約が更新され継続して雇用されるものと思って稼働してきた。
(7) なお、申請人を含む被申請人の臨時雇運転手七名は、平成元年一一月二二日、全日本運輸一般労働組合田辺支部龍神タクシー分会を結成し、同分会は、臨時雇運転手の労働条件の改善を求めて、被申請人に団体交渉を申し入れるに至った。
2 右の認定事実及び前示争いのない事実(事案の概要1ないし4の事実)によれば、本件雇用契約は、平成元年一月二二日から平成二年一月二〇日までの期間の定めのあるものであって、これを期間の定めのない雇用契約であると認めることはできないが、右1認定の被申請人における臨時雇運転手にかかる雇用契約の実態に関する諸般の事情(ことに、(4)、(5)の事実)に照らせば、その雇用期間についての実質は期間の定めのない雇用契約に類似するものであって、申請人において、右契約期間満了後も被申請人が申請人の雇用を継続するものと期待することに合理性を肯認することができるものというべきであり、このような本件雇用契約の実質に鑑みれば、前示の臨時雇運転手制度の趣旨、目的に照らして、従前の取扱いを変更して契約の更新を拒絶することが相当と認められるような特段の事情が存しないかぎり、被申請人において、期間満了を理由として本件雇用契約の更新を拒絶することは、信義則に照らし許されないものと解するのが相当である。
二 本件更新拒絶の効力
1 そこで、本件更新拒絶の効力について判断するに、
(1) 被申請人は、本件更新拒絶は、被申請人の経営不振の中での人員削減の方針の下で、たまたま最初に雇用期間が満了する申請人に対し行ったものであって、合理的な理由がある旨主張するが、本件全疎明資料によるも、前示の臨時雇運転手制度の趣旨、目的に照らし、従前の取扱いを変更して本件雇用契約の更新を拒絶することが相当と認められるほど被申請人において経営不振に陥り、人員削減の必要に迫られていたものと一応認めるには足りないから、その余の点について判断するまでもなく、右主張は理由がない。
(2) また、被申請人は、本件更新拒絶は申請人の勤務成績が不良であることを理由とするものであるとも主張するが、本件全疎明資料によるも、前示の臨時雇運転手制度の趣旨、目的に照らし、従前の取扱いを変更して本件雇用契約の更新を拒絶することが相当と認められるほど申請人の勤務成績が不良であったものと一応認めることはできないから、その余の点について判断するまでもなく、右主張は理由がない。
(3) その他、本件において、前示の臨時雇運転手制度の趣旨、目的に照らし、被申請人において従前の取扱いを変更して本件雇用契約の更新を拒絶することが相当と認められるような特段の事情を一応認めるに足りる疎明はない。
2 そうとすれば、本件更新拒絶は、信義則に照らし許されないものというほかはなく、申請人の就労期間が一年にすぎず過去に契約の更新を受けたことがないとの点は、右の判断を左右するに足るものではない。
したがって、申請人は、本件雇用契約の更新を受け、その結果、従前と同一の条件により、平成三年一月二〇日までの間、被申請人の臨時雇運転手の地位にあるべき者ということができる(ただし、もとより、右の更新により、被申請人と申請人との雇用契約が期間の定めのないものに転化するものではなく、また、平成三年一月二〇日の期間満了時に当然に再更新がされることになるものでもない。)。
三 申請人の賃金等
本件更新拒絶前三か月間である平成元年一一月、一二月、平成二年一月における申請人の月額平均賃金が一八万一九九七円であること、申請人の賃金が毎月二〇日締め二八日払いであることは、当事者間に争いがない。
四 保全の必要性
本件疎明資料によれば、申請人は、被申請人から支払われる賃金を全収入源として生活を保持していることを一応認めることができるから、本件地位保全及び賃金仮払いの仮処分にかかる保全の必要性を肯認することができる。
第四結論
以上のとおり、本件仮処分申請は、申請人と被申請人との間において、平成二年一月二一日から平成三年一月二〇日までの間、申請人が被申請人の従業員(臨時雇運転手)たる地位にあることを仮に定めることを求めるとともに、被申請人が、申請人に対し、右の期間にかかる賃金として、平成二年二月から平成三年一月まで毎月二八日限り月額一八万一九九七円を仮に支払うことを求める限度において理由があるからこれらを認容し、その余は理由がないからこれらを却下すべきものである。
よって、右と同旨の本件仮処分決定は相当であるからこれを認可し、訴訟費用は被申請人に負担させることとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 後藤文彦 裁判官 古川正孝 裁判官 川勝隆之)